2007年03月21日
●徳というものを感性論哲学の視点から考える
報徳思想では、すべてのものに徳が備わっていると言っています。
それについて、感性論哲学的に考えてみることにします。
それは、感性の3作用、
つまり調和作用・合理作用、・統一作用から生み出される
よりよい方向に向けて働いている動的平衡作用を
徳として解釈してみるとどうかということです。
つまり、すべてのものには感性が働いており、
すべてのものがよりよい方向性に向けて
自己実現を果たそうとしている、
花を咲かせようとしているということです。
物も、生物も、植物も、動物も、人間も
すべてそのようになっているのだということです。
これについて、尊徳の次の道歌を思い起こします。
天つ日の恵みつみおく無尽蔵 鍬で掘り出せ鎌で刈り取れ
また、一円融合会理事長・佐々井典比古氏の
「万象具徳・二宮尊徳先生の教え」もそのことを歌ってくれています。
どんなものにも よさがある
どんなひとにも よさがある
よさがそれぞれ みなちがう
よさがいっぱい かくれてる
どこかとりえがあるものだ
もののとりえをひきだそう
ひとのとりえをそだてよう
じぶんのとりえをささげよう
とりえとりえがむすばれて
このよはたのしいふえせかい
それについて、感性論哲学的に考えてみることにします。
それは、感性の3作用、
つまり調和作用・合理作用、・統一作用から生み出される
よりよい方向に向けて働いている動的平衡作用を
徳として解釈してみるとどうかということです。
つまり、すべてのものには感性が働いており、
すべてのものがよりよい方向性に向けて
自己実現を果たそうとしている、
花を咲かせようとしているということです。
物も、生物も、植物も、動物も、人間も
すべてそのようになっているのだということです。
これについて、尊徳の次の道歌を思い起こします。
天つ日の恵みつみおく無尽蔵 鍬で掘り出せ鎌で刈り取れ
また、一円融合会理事長・佐々井典比古氏の
「万象具徳・二宮尊徳先生の教え」もそのことを歌ってくれています。
どんなものにも よさがある
どんなひとにも よさがある
よさがそれぞれ みなちがう
よさがいっぱい かくれてる
どこかとりえがあるものだ
もののとりえをひきだそう
ひとのとりえをそだてよう
じぶんのとりえをささげよう
とりえとりえがむすばれて
このよはたのしいふえせかい

